新設:2008-06-04
更新:2022-10-30
琵琶歌 嗚呼伊藤長七先生
木村 岳風
(昭和6年作)
仮名遣い原文のまま
こぞの春 はかなく散りし櫻花
いま爛漫と咲きつれど その春風にさそはれて
身まかり給ひし師の君の ふたゝび歸らぬ淋しさよ
開拓創作の聲高く 紫友の園の父となり
校風樹立して 名校長と唄はれし
伊藤長七先生を 追善せんと四ツの緒に
調べ合せて在りし日を しのぶも感慨無量なり
おもへば去りし冬の朝 鶴亀体操晴れやかに
校舎にひゞく號令や フットボールに校庭の
凍れる土を蹴散らし給ひしも 登山キャンプの夏の夕
笑をたゝへし温顔に 得意の詩吟高らかに
休道他鄕多苦辛 同胞有友自相親
柴扉曉出霜如雪 君汲川流我拾薪
<注>
通釈などは次のページを参照
「桂林荘雑詠示書生」ページ
と吟じ給ひて教へ子に 學びの道を説かれたる
その面影は今もなほ まのあたり見るごとくなり
靜思の聲もおごそかに あふるゝ涙せきあへず
男になれの御おしへに 思はず頭の下りしも
昨日とばかり思ふなり
南遙けきアマゾニヤ 雲煙かすむたゞなかに
天かけり行く大鵬の いまは何處にいこふらん
噫天なるか命なるか 新日本の建設に
使命ぞ重き育英の 高きのぞみを思ひては
病の床も打ち忘れ 學びの園に書き送り
みちびき給へる數々も いまはカタミとなりにける
げにもはかなき浮世かな
みをしへの蘇へる心いだきつゝ
大いなる師の力をぞ思ふ
希望に燃ゆる我友よ 學びの道にいそしみて
わが校風を宣揚し 恩師の靈をなぐさめん
神去りましゝ師の君の 御靈はとはに留まりて
五中の榮をまもるべし 五中の榮をまもるらん
【出典・解説】
村岳風詩歌集 公益社団法人日本詩吟学院(元 社団法人日本詩吟学院岳風会)編集発行第二刷
昭和6年4月 先生は錦を着て 故国諏訪に帰郷し劇場都座に於て 琵琶と詩吟の夕を開催(主催信陽新聞社) 琵琶「嗚呼伊藤長七先生」 詩吟「国体篇」その他を熱吟 満員の市民を感動させた。その折の琵琶歌の全文がこれである。
(諏訪市宮坂博邦氏処にて発見されたプログラムによる)
伊藤長七先生は諏訪市普門寺の出身 東京府立第五中学校の初代校長として令名あり 詩吟を愛好し 木村先生を朗吟家として天下に送り出された恩人である。没後第五中学校の追悼会の開かれた時 木村先生はこの琵琶歌を演奏し 恩誼を想起して涙潸然 半ばにして座を立ち 後がつづかなかったのであった。
(竹ノ内岳宗氏談『岳風先生詩歌集』)
【注:按針亭管理人】
琵琶文の5行目「校風樹立」の前に 伊藤家に伝わる木村岳風謹作と記された「琵琶譜面」では 「4音の感動詞」が置かれ 七五調が保たれているが 「木村岳風詩歌集」では
この「4音の感動詞」が削除されて 七五調のリズムが崩れており 謡うときも 朗読するときも 違和感がある なお 句読点を省いて掲載した